アグリロゴマーク

ベーレンス・ファミリー・ワイナリー

伝説のナパ・ガレージ・ワインが遂に日本へ!

1つの銘柄が少量生産ゆえ、アメリカ国内のメーリング・リストとレストラン、ワインショップで全て完売してしまう為、正規蔵出しでは日本に一度も輸出された事のないワイナリー
既にリリースの終わった入手困難な限定ワイン6アイテムを正規初輸入

ベーレンス・ファミリー・ワイナリーは、北カリフォルニア・フンボルト郡アルカタの人気レストランFolie Douce(フォリー ドゥース)を経営していたレス・ベーレンスとリサ・ドリンクワードが、常連客であった会計士のジョー・ボブ・ヒッチコックと始めたジョイント・ベンチャー、Behrens&Hitchcock-ベーレンス&ヒッチコックという伝説のガレージ・ワイナリーが起源です。 1993年、175ケースのワインを初めて造りました。
この彗星の如く突然現れたこのワイナリーを、ロバート・パーカーJr.が1997年に初めてワイン・アドヴォケイト誌で紹介した事により多くのコレクターに知れ渡り、その後数々の賞賛で入手困難なワインとなりました。

ジャージー・ボーイとカリフォルニア・ガール
レス・ベーレンス(生粋のジャージー人)はニュー・ジャージー州パース・アンボイで生まれ、少年のころ家族と共にカリフォルニアに移住した。 リサ・ドリンクワードは南カリフォルニアで生まれ育った。しかしフンボルト郡で学生生活を送っていた時、自分はむしろ北部カリフォルニア人であることに気づく。二人は1987年、アルカタで出会い結婚。食とワインへの情熱という共通点を持った二人は1991年、“フォリー・ドゥース・レストラン”を開店した。リサがシェフとしてクリエイティブな才能を発揮する一方、レスはソムリエ兼バイヤーとしてワインへの情熱を注ぎ、舌を研ぎ澄ませていった。二人のワインへの情熱は留まることを知らず、吟味に吟味を重ねたレストランのワインリストは、ワイン・スペクテイターの優秀賞を受賞した。
二人のこの情熱と、友人であり師匠でもあるエド・オリビエラからの勧めで、レスとリサは1993年、初めて3トン半のブドウを購入した。初の収穫を迎えた頃、ボブ&リリー・ヒッチコック夫妻がワイナリーの経営と財務管理のため加わり、ベーレンス&ヒッチコック・ワイナリーが正式に結成されたのだった。
Lesは正式な訓練を受けていないが、創業以来、ベーレンス&ヒッチコックでただ一人ワインメーカーであり、すばらしい勘と確かな味覚を武器に独自のワイン・スタイルを築き上げた。
一方リサはワイン造りのあらゆる面に関わっているが、収穫時には畑の管理、栽培関係に専念している。レストランとワイナリーの経営を4年間両立させた後、レスとリサは1997年に“フォリー・ドゥース”を売却、フルタイムでワイン生産に取り組むためにナパ・バレーに移住した。
2005年、ボブ&リリー夫妻の引退宣言を受けて、リサとレスはスプリング・マウンテン・ワイナリーのヒッチコック夫妻の株を買い取り、現在のベーレンス・ファミリー・ワイナリーを形成した。ラベルに書かれたエルナ・シェインErna Scheinの名は、周囲の人から大変親しまれていたレスの母親へのオマージュである。 彼女の家庭はもてなしや友情の心に満ちており、私たちはその雰囲気をワイナリーに再現させたいと願っているのである。
エレナはコルドン・ブルーでペストリー職人の修業した母親の後を引き継いだ素晴らしいパン職人でもあった。エレナのオリジナル・ヴィンテージである“キッチン・エイド”というワインのラベルの絵は、友情を育み守るのに、おいしい食べ物やワインを共に囲むことに勝る方法はないということを我々に思い出させてくれる。
ベーレンス・ファミリー・ワイナリーは純粋な家族経営のワイナリーである。レスの長男ジョーンがアシスタント・ワインメーカーとして参加し、孫のイーサンもセラーで醸造に携わっている。ロビン・クーパーは勤続13年、総支配人のシャルツィ・スロックモートンツは勤続18年を迎えている。

Line Up / 商品一覧

Images / 画像素材

ベーレンス・ファミリー・ワイナリーの画像素材です。貴社の販促活動にご利用ください。尚、各素材の著作権はベーレンス・ファミリー・ワイナリーに帰属します。お使いの際はご留意ください。

ページの先頭へ